ここ数日世間を騒がせている山口県阿武町の給付金4630万円が誤って24歳の男性に振り込まれた事件は、田口翔(たぐちしょう)容疑者の逮捕、そして思わぬ返金劇により国民の関心が薄れ始めているかもしれない。
しかし誤送金事件の背景には、国や自治体がなおざりにしてきた大きな問題が見え隠れする。それは、「依存症」「依存症対策」である。
田口容疑者が「振り込まれた金は海外のオンラインカジノで全部使い切った」と話しているとNHKなどが報道され、SNS上で大きな注目が集まった。わずか数日であれほどの大金を消失させたオンラインカジノ。法は未整備のままだ。今回の事件を切っ掛けに、国や自治体が本腰を入れることを願うばかりである。
オンラインカジノとキャンブル依存症
近年、オンラインカジノは、特殊な人たちの別世界の話ではなくなってきている。
日々、私が受ける相談の依存症当事者は、家庭を持つサラリーマンや大学生、主婦などいわゆる普通の人なのだ。身近に依存症という落とし穴が存在し、気づくと抜け出せなくなってしまう。
どれほどの人がこの大きな闇に飲み込まれていることだろう。
昨年時点で、総人口の2.2%がギャンブル依存症の疑いがある、といわれている。*1
ギャンブル依存症とは、ギャンブル等にのめりこんでコントロールができなくなる精神疾患の一つである。
これにより生活や社会生活に支障が生じることが懸念されおり、1970年代後半にはWHOにおいて「病的賭博」という名称で正式に病気として認められた。
その後の研究によってこの病気への理解が進み、ギャンブルがやめられないメカニズムはアルコール依存症や薬物依存症と似ていることが判明し、他の依存症等と同じ疾病分類(物質使用障害および行動嗜癖)として認められている。*2
パチンコや競馬、カジノなどのこれまでギャンブルは、楽しむためにその場所に行かなければならなかった。
しかし、近年のIT技術の躍進によりギャンブルは身近で手軽になってしまい、今まで縁がなかった人たちにまで依存症が侵食してしまった。
コロナ禍の「ステイホーム」もまた、依存症人口を増やしたと言われている。
個人保有率が67.6%となったスマートフォン*3を使用し、決済代行業者の口座に移金するだけで、どこでもギャンブルを楽しむことができてしまう。
単に場所を問わないだけでなく、現金を使用せず電子決済を利用することで金銭感覚の鈍化を誘発し、あり得ない金額を罪悪感もなく短時間で失うこととなる。
このスピード感が依存症に陥るまでの道のりを更に早めているのだ。
世界規模でオンラインカジノ全盛期であり、対策が喫緊の課題であることは間違いない。
常軌を逸した金銭感覚、制御不能の状態で大金を溶かしていく「ギャンブル依存症の怖さ」について実例をもとに説明していきたい。
とある地方議会議員長男の実例
とある県議会議員の長男は闇カジノからオンラインカジノにはまってしまい、短期間に大金を失った挙句、借金の取り立てに追われ失踪。その補填を県議会議員である実父がしており、その間にも本人はギャンブルをし続けている。
ほとぼりが冷めると何食わぬ顔で家へ戻り、開き直った様子でリビングでくつろいでいる。
私財のほとんどを失い、限界に達したご家族から相談を受けた。後日本人と面談すると、逆上し暴力的な言動で威嚇し、我を失った暴君のようだった。
依存症者は依存対象物が何よりも第一優先である。家族愛や思いやりなどは依存症の前では情けないほどに無力であり、むしろ邪魔でしかない。
ゆえに家族から依存症についてとやかく言われると、暴君になるのである。そして依存症者は暴力を持って家族を制圧し、家族を意のままに操る。もはや家族は依存症者の支配下に陥ってしまうのである。
支配下に陥った家族に下される依存症者からの命令は、ギャンブルで負けたお金の補填である。この命令に家族は服従し、ギャンブル依存症問題はますます深刻化していくのである。
当施設に来所した際の精神測定データである。
一見全て基準範囲内で問題がないように見える。
しかし、「活力」が13.2と基準を下回りそうなほどに低く(1枚目左上「平均値」)、ばらつきのポジティブが43.9%と高い数値が出ている(1枚目右中央「感情分布チャート」)。
「周波数のヒクトグラム」も真ん中を頂上とした二等辺三角形が理想的だが、左側に大きく偏っている。
これは、無理矢理自分を抑圧している状態である(1枚目左下「感情分布チャート」)。
実際、連携クリニックで初めて診察を受けた際、強力な抗不安薬・睡眠導入剤であるデパス(エチゾラム)を強引に処方するように求め、初対面の医師が処方箋を書くまで凄んでいた。
このことからも精神が正常とは言い難く、「暴君」「家族は依存症者の支配下に陥ってしまう」という状況が想像できるのではないだろうか。
まとめ
オンラインカジノは特定の人だけが参加しているのではないことを先に説明した。
スマホでいつでもどこででも手元で出来るオンラインカジノは主婦や学生、企業の取締役にまで浸食し、24時間365日のオンラインによるギャンブルを可能にしたのである。
最後に、この加速するギャンブル地獄を今の法律は阻止できないことを付け加えておく。
著者 中川健司 ブレスコーポレーション株式会社 代表取締役 一般社団法人どんぐりの会 代表理事 宅地建物取引士 |
〈参考文献〉
*1 松下幸生.新田千枝.遠山朋海.令和2年度 依存症に関する調査研究事業.「ギャンブル障害およびギャンブル関連問題の実態調査」,2021年.
*2 松下幸生.「ギャンブル障害 現状とその対応」.精神医学.60(2),161-172,2018.
*3 総務省「令和2年 情報通信白書」情報通信機器の保有状況