ビジョントレーニングの役割 発達障害と視覚機能の関係~有効性やトレーニング方法、効果や訓練の目的など~

ビジョントレーニングとは?

ビジョントレーニングとは「見る」機能を高める練習全般の事を言います。簡単に言うと「視覚機能を鍛える訓練」です。
眼球を動かす筋肉『眼筋』を鍛えることで、両眼の動きを改善させて目標物を正確に捉えたり、目からの情報を『脳』で処理して体を動かす運動機能を向上させる効果があると言われています。

当事業所ではリハビリカリキュラムの一つとしてビジョントレーニングを導入しており、専用機器「スープリュームビジョン」を使ったトレーニングを行っています。
「スープリュームビジョン」は、たくさんボタンがあるボードの前に立ち、一定の時間内に光ったボタンに反応し手でボタンをタッチします。トレーニングが終了すると、反応できた数が表示されます。

 
人間の五感の情報収集能力について、「視覚87.0%、聴覚7.0%、嗅覚3.5%、触覚1.5%、味覚1.0%」と掲載されている文献もあれば、「視覚83.0%、聴覚11.0%、嗅覚3.5%、触覚1.5%、味覚1.0%」と掲載されている文献もあります。*1

つまり、人間が受け取る情報のほとんどが視覚からの情報です。
視覚情報は目から入って脳へと伝達されます。ビジョントレーニングでは「目で見て」「脳で理解し」「動作する」プロセスをスムーズに行うことが期待されます。
この訓練の目的は目を鍛えて脳の情報処理が早く行えるようにすることです。


ビジョントレーニングはアメリカではNFL、NBA、そしてMLBをはじめとする数多くのトップアスリートが普段のトレーニングの一環として活用するなどスポーツの分野で有効なトレーニングとして有名です。最近では子どもの視力を鍛える訓練としても注目されており、大阪府大東市など市町村が主体となって取り入れている自治体もあります。

というのは、文字を書いたり音読したりするのが苦手、漢字をなかなか覚えられないといった学習障害(LD)について「見る力」を高めることで、障害の特性を緩和できるのではというアプローチがあるからです。学習障害(LD)は発達障害のひとつで、知的な発達に遅れはないものの、「読む」「書く」「計算・推論する」「聞く」「話す」能力に問題がある障害です。学習障害の子どもにビジョントレーニングを受けさせることで識字能力の向上がみられた*2という研究もあり、特別支援学級でビジョントレーニングを取り入れているところもあります。*3
*1 『産業教育機器システム便覧』(教育機器編集委員会編)(日科技連出版社出版)、『屋内照明のガイド』(照明学会編)(電気書院出版)
*2 飯島博之ほか.学校におけるビジョントレーニングの実践と可能性:発達支援とスポーツビジョントレーニング.日本教育心理学会総会発表論文集.2019(61),2019,26-27.
*3 学級で実践できる発達支援のトレーニング―ビジョントレーニングとコグトレの実践と課題― 日本教育心理学会第63回総会発表論文集(2021年)

ビジョントレーニングで鍛えられる視覚機能とは?

ビジョントレーニングでは目を鍛えることで脳の情報処理を円滑にすることができます。ビジョントレーニングで鍛えられる視覚機能には、主に「眼球運動」、「視空間認知」、「目と体の協応」の3種類があります。
ビジョントレーニングで鍛えられる視覚機能

①眼球運動

眼球をすばやく正確に動かす能力で、筋肉で目を動かしピントを合わせる力です。眼球運動には、対象物を目で追っていく力(追従性眼球運動)、対象から離れている対象へ一瞬でジャンプして見る力(跳躍性眼球運動)、両眼を1つのまとまりとして使用することによって得られる視覚(両眼視機能)の3つがあります。

  • 追従性眼球運動は、頭を動かさずに対象を目で追いかける運動です。例えば、ボールの動きを目で追う、文字の書き順を覚えるなどです。目を動かす筋肉が衰えると、この眼球運動の機能は低下します。
  • 跳躍性眼球運動は、いろんなものがある中から指定されたものを素早く見つけるといった、ある1点から別の1点へ視線をジャンプさせる眼球運動です。早く正確に自分が必要な情報を視覚で得るためにはこの跳躍性眼球運動が必要です。
  • 両眼視機能は両目で見たものを脳内で一つにまとめて得られる視覚です。この機能があることで、対象を立体的に見ることができます。この機能は9歳前後に完成するといわれ、9歳を過ぎると治療で改善することが難しくなります。

②視空間認知

対象となる物の色や形状、場所などを把握する力です。物を認識する場合、目で見た情報は脳に入り、脳で処理され映像となります。脳で距離感や奥行きが把握され、これは文字や形を認識するときも同様です。この視空間認知の力が低下していると、うまく図を描くことができない、文字をまねて書くことが難しいなどの問題があらわれます。

③目と体の協応

目で見た情報を脳で判断して体を動かす力です。この力が弱いと、キャッチボールではボールが来る方向に手が出ないのでボールが取ることができないということが起きます。実際に視力が優れている人は支障なく球技をこなせる場合が多く、視力に問題がある人では、球技が苦手という傾向があるようです。

スポーツと視覚の関係を説明するために、例として野球のフライを取る場面で、どの視覚機能が働いているのかを見てみましょう。

視空間認知 バッターが打ったボールが飛ぶのを目で追う→眼球運動
視空間認知 飛んでいくボールを見て落下地点を予測する→視空間認知
目と体の協応 落下地点に移動してボールをキャッチする→目と体の協応

このように力を使い分けています。

発達障害でみられる視覚機能の低下


近年、発達障害の子どもを支援する現場においてビジョントレーニングが注目されはじめています。発達障害を抱えている子どもで視覚機能が低下しているケースが多い*4ため、ビジョントレーニングによって学習への支障や運動での問題を改善しようという試みが始められています。

発達障害の人が視覚機能に支障があるケースが多いというのは、
「発達障害は生まれつき脳の働き方に違いがあるので、目から入力された情報を処理する機能に支障があるのでは」
という説や
「感覚過敏のため日光が苦手で、外に出るのがおっくうになる。」
→「発達段階に十分に体を動かす機会が得られず体幹の力が十分に鍛えられなかった」
→「体幹が弱いので姿勢が悪くなる」
→「体のひねりが少なくなり、目線が安定しないため視機能も低下」
という二次的な要因の結果で視覚機能が低下している、などさまざまな説があります。

発達障害の5〜8割の子どもに視覚機能になんらかの問題があるということから、特別支援学級などでビジョントレーニングを行うのは有意義な試みです。
*4 後藤多可志ほか.発達性読み書き障害児における視機能、視知覚および視覚認知機能について.音声言語医学.51(1),2010,38-53.

視覚機能の問題と学習への影響


学習は目から入る情報が多いため視覚機能が低下していると、黒板の字を書き写すのに時間がかかる、音読で教科書の字や行を飛ばして読む。視界のピントが合わないのでぼやけて見えてしまい目が疲れる、など様々な影響があります。

学校の授業では、先生の話を聞くほかに教科書を見る、黒板の字を見るなど視覚機能を使う場面が大部分です。そのため、視覚機能の困難は学習の困難につながってしまうのです。

ビジョントレーニングの事例

先述した当事業所で導入している機器「スープリュームビジョン」以外にどんなトレーニング法があるのかご紹介します。

ナンバージャンプ

(効果を期待できる機能:眼球運動、数感覚)

  1. 紙で作った四角の枠を用意します。
  2. 上辺に赤色の丸を5つ描きそれぞれに1、3、5、7、9を、下辺も同様に赤色の丸を描き2、4、6、8、10の数字を記入します。
  3. 次は左辺に黄色の丸を5つ描き1、3、5、7、9を、右辺も同様に黄色の丸で2、4、6、8、10の数字を記入します。枠の左上隅には緑色の丸と右上隅には青色の丸を描き、左下隅は、青色の丸、右下隅には緑色の丸を描きます。
  4. ナンバージャンプ
  5. 数字の書かれた枠を手に持ち、目の前で見えるようにします。
    赤色の1〜10、黄色の1〜10、青の斜め5往復、緑の斜め5往復の順に目を動かします。数字を順番に追って見るので、上下左右、斜めに目線を動かせることができます。顔を動かさないようにして眼だけを動かせるのがコツです。

ナンバージャンプ1
ナンバージャンプ2
ナンバージャンプ3
ナンバージャンプ4
枠の向こうからトレーニングをしている人の目線が見えるので、正しく行えているかどうかを確認することができます。眼球運動がスムーズに行えていない場合は、目だけ動かすことが難しいので、顔も動いてしまいます。
1日1回30秒から1分でできるので、枠さえ作れば手軽に取り入れることができるトレーニングです。

ナンバータッチ

(効果を期待できる機能:眼球運動、視空間認知、目と体の協応、数感覚)

  1. 大きな白い紙に1〜20までの数字を書きます。数字は、大きいサイズや小さいサイズでランダムに記入します。記入できたらラミネートします。
  2. 1から20まで数字を順番に見つけ、ホワイトボードペンで丸をつけます。(ホワイトボードペンなら簡単に消せるので)

全部終わるまでどれくらい時間がかかるかタイムを計っておくと、次はもっと早くできるようにしようと意欲をもって取り組めます。

ナンバータッチ:黒板バージョン

(効果を期待できる機能:眼球運動、視空間認知、目と体の協応、数感覚、粗大運動)

ナンバータッチ
  1. 黒板や大きめのホワイトボードに1〜20までの数字を書きます。数字は、大きいサイズや小さいサイズでランダムに記入します。
  2. ペンは使わず、数字を順番にタッチしていきます。

全部終わるまでどれくらい時間がかかるかタイムを計っておくと、次はもっと早くできるようにしようと意欲をもって取り組めます。
この方法では、視覚機能だけでなく協調運動機能や粗大運動(座る、立つ、歩くなど生活をしていくときに必要な動作)も鍛えることができます。黒板に数字を書くときに、触れるギリギリの高さまで書いておくと、体を動かす範囲が増え、運動量が増えます。黒板に数字を書くだけでできるお手軽なトレーニングです。

ボール運動

ボールを投げたり、掴んだり、蹴ったりする球技は視覚機能をフルに鍛えられるトレーニングです。ヨーロッパではサッカーやバスケットには視覚機能の改善だけでなく体を動かすことで脳に良い影響があるということで、療育の場面で球技が用いられています。日本でも球技の効果に注目をして、積極的に取り入れていこうという動きがあります。

ボール運動

まとめ

ビジョントレーニングの効果には、わからないことが多くまだ研究段階です。「ビジョントレーニングで学力、運動能力が改善したのは2割程度」という研究結果もあります。2割でも効果があったのは、大きな進歩だととらえています。

学力や運動能力への効果はさておき、ビジョントレーニングは人間の社会性に大いに関係のある前頭前野の活性化にもつながる、という見解もあります。前頭前野の働きには、計画性や意欲、対人関係の構築に大きな影響を与える抑制機能などがあります。発達障害の特性緩和を期待できそうなニュースで、今後の研究が楽しみです。

それぞれの発達障害の特性に合わせて、多様な教育・療育ができるよう多くのプログラムを研究したいと考えています。

中川健司 著者
中川健司
ブレスコーポレーション株式会社 代表取締役
一般社団法人どんぐりの会 代表理事
宅地建物取引士
依存症・神経症・うつを克服し社会福祉に貢献したい思いから社団法人どんぐりの会を立ち上げる。生きづらさの根本的解決のためのサポート実現を目指し、医療と連携したリハビリ施設ブレスコーポレーションを起業。最新機器や脳科学を取り入れながら発達障害の「特性緩和」、うつや双極性障害、神経症、依存症などの「根本的改善」をサポートする。

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